ゲルソン療法

ごあいさつ

ゲルソン・アンバサダー氏家京子

(写真:Dec. 2015, photo by Ikuya Sasaki)

1972年生まれ。

日本食生活ジャーナリストの会会員。

食生活・医学ジャーナリスト。

米国ゲルソン・インスティテュート・日本アンバサダー。

認定ゲルソンHSTトレーナー。

ゲルソン・クリニック患者コンパニオン。

英日翻訳家。英文学学士(藤女子大学文学部英文学科卒)。

 

健康雑誌の編集、外資系統合医療サービス業を経て、2002年にフリーランスジャーナリストとして独立。

読者・消費者・患者と直接つながるコミュニケーションを大切に、フィールドワークを重視した独特なジャーナリスト活動を行っている。

 

米国西海岸の食事療法や栄養療法、メキシコティファナ市のがん代替療法を精力的に取材し、1998年9月にロサンゼルスでシャルロッテ・ゲルソンの講演を初めて聴講して以来、がんの自然療法として世界的に知られるゲルソン療法の取材を開始。米国ゲルソン・インスティテュート日本アンバサダーとして、ゲルソン療法専門ウェブサイト「ゲルソンJP」を開設し、オンライン講座、ワークショップ、専門医紹介、クリニック同行通訳なども行っている。

こんにちは。
ゲルソン・アンバサダーの氏家京子です。

「GERSON-JP」を訪ねていただきまして有難うございます。本ホームページは、千葉県南房総市千倉町のホームオフィス「ヘルスフリーダム」にて管理・運営しています。
少し長くなりますが、皆様へのごあいさつとして私の自己紹介と、ゲルソン療法との関わりについてご説明させていただきます。

(写真:Oct. 2019, photo by Yuko Iida)

私は、1972年に金沢で生まれ、札幌で学生時代を過ごしました。

東京で健康雑誌を作る仕事に就き、その仕事のなかでDr.ゲルソンの本『ガン食事療法全書』(徳間書店)を翻訳したジャーナリスト今村光一先生に出会ったのが、ゲルソン療法を知るきっかけになりました。

海外の健康情報に興味を持つようになり1998年に渡米した時、ロサンゼルスでDr.ゲルソンの三女シャルロッテ・ゲルソンさんが大勢の聴衆の前で迫力ある講演をしている姿を初めて見ました。
その一語一句を真剣に聞く数百名のアメリカ人の姿や、講演後のスタンディングオベーションはとても印象的でした。

ゲルソン療法

(写真:シャルロッテさんと初対面のとき。Sep. 1998, Pasadena Hilton Hotel, CA, USA, photo by Koichi Imamura)

はじめは何も知らなかった

当時の私は、海外の栄養療法や解毒療法のことをほとんど知らず、また、がんという病気について知識がありませんでした。家族の中にがんを診断された人もいませんでした。
それでも、「食事でがんを治してしまうなんて、ゲルソン療法はなんだかとてもすごいものだな」と感じました。
きっと、ゲルソン療法を初めて知った時の感想は、皆さん同じだと思います。私のスタートも、まさにそこからでした。

 

その後、統合医療の商品を販売する会社に転職し、海外の栄養療法に対する関心がさらに強くなりました。自分の関心に直結する仕事がしたいと思い、フリーランスジャーナリストとして独立しました。
興味を持った英語の本を翻訳出版したり、もっとゲルソン療法を知るために、関係する人や場所を訪ねアメリカ、メキシコ、オーストラリアへの海外取材もこの頃から積極的に始めました。


2002年には、『【決定版】ゲルソンがん食事療法』シャルロッテ・ゲルソン著(徳間書店)を共訳するという機会にも恵まれました。シャルロッテさんの言葉を一語ずつ日本語にしていく作業を通じて、ゲルソン療法との距離が少しずつ近くなる気がしました。

(写真:2004年10月にゲルソン・インスティテュートから発行されたケアギバー・トレーニング修了証書。)

本場のセミナーを初体験

2004年には、サンディエゴにあるゲルソン・インスティテュートが主催するセミナーに初めて参加しました。この頃のセミナーは20名ほどの規模で、家庭的な雰囲気のなかで他の受講者たちと数日間一緒にゲルソン療法を学びました。アメリカ人だけでなく、イギリス、アイルランド、ドイツ、南アフリカなど世界各国から受講者が来ていました。がんの患者さんやそのご家族もいました。

ゲルソン療法

(写真:来日中のハワード・ストラウス・ゲルソンさんと。July 2009, Tokyo, Japan)

日本へ帰る前、メキシコのゲルソン・クリニックに入院している患者さんに会って実際に話を聞いてみたいと思い、アニータ・ウィルソン理事長に気持ちを伝えました。すると、その願いは思いも寄らない形で実現しました。
当時、入院患者さんたちの激励のために国境を超えてゲルソン・クリニックへ毎週通っていたシャルロッテ・ゲルソンさんの車に、同乗させてもらうことになったのです。

ゲルソン療法

(写真:シャルロッテさんと。April 2007, Encinitas CA USA, photo by Nobutoyo Nakanishi)

シャルロッテさんの車に同乗

約束の朝、理事長から手渡されたメモを頼りにシャルロッテ・ゲルソンさんの自宅に着くと、彼女は躊躇することなく、笑顔で私を家の中に招き入れてくれました。

彼女が運転する車で国境を超え、クリニックに着いてからは彼女と一緒に患者さんたちの部屋を訪ねて回り、すべての会話を横で聞かせてもらい、ランチタイムには皆と一緒に食堂でゲルソン食を食べさせてもらいました。

シャルロッテ・ゲルソンさんは、どの人にも同じように接する人だということが、ほどなくわかるようになりました。誰かを特別扱いするのではなく、すべての人の魂の声に応えようとする人でした。あたたかい人であり、厳しい人でした。
その日の最後、別れの挨拶のときに、彼女は自宅のフルーツバスケットのなかから食べごろの桃を一つ選んで手渡してくれました。

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(写真:悪性黒色腫からゲルソン療法で回復した世界で一番有名な元患者ベータ・ビショップさんと。Mar. 2012, Gerson Institute, San Diego)

日本でセミナーを開始

ゲルソン療法はウソが無く、実際にとても有益な治療法だと感じて、私は帰国しました。自分の家で実行するのは簡単ではない治療法だということも、よくわかりました。

ただ、簡単ではない治療法でも、「これこそ自分が求めていた治療法だ」と思う人には素晴らしい選択肢だと思いました。そして、そのような方々との出会いがあるたびに、私はゲルソン療法のセミナーを日本で開くようになりました。

(写真:2005年5月にゲルソン・インスティテュートから発行されたプロフェッショナル・トレーニング・モジュールⅠ修了証書。)


最初のセミナーは2004年12月で、私よりもずっと前からゲルソン療法を知っていた夫の知識と理解が大きな支えになりました。夫は顕微鏡を使い栄養と血液形態変化の相関関係を研究していました。ゲルソン療法を実施する人の血液に現れる変化を顕微鏡で視覚化できたことは、私のゲルソン療法に対する理解を格段に前進させました。

  • 栄養が不足した血液像
  • 毒が蓄積した血液像
  • 解毒が始まっている血液像
  • 栄養が満たされ解毒力のある血液像

このすべては異なる血液形態として見えます。

(写真:2005年9月にゲルソン・インスティテュートから発行されたケアギバー・トレーニング・サポートスタッフへの感謝状。)


私のセミナーには日本全国からさまざまな診断と治療を経験された患者さんやそのご家族、そして病気ではない方々も訪れてくださるようになりました。
診療に生かしたいという医療従事者のかたが来ることもあり、なかには医師で自身ががんになったかたもいました。医学的な知識を分かち合ってくださるなど、セミナーでの出会いからもたくさんのことを学ぶようになりました。

ゲルソン療法


(写真:シャルロッテさん90歳の誕生パーティーで。世界中から約200名が出席し、シャンパングラスに注がれたニンジンジュースで乾杯した。Mar. 2012, San Diego, CA, USA)

私自身の健康と人生

2009年、『ゲルソン療法』シャルロッテ・ゲルソン著(地湧社)を日本語で翻訳出版しました。
ゲルソン療法について、さらに細かく、さらに深く理解するために、経験者が多いアメリカとメキシコに頻繁に行くようになりました。

この療法の学びに終わりが無いことは、当初からなんとなく悟っていました。消えかけている人の命に関わることがらです。そして私たち人間を生かしている自然の摂理にアクセスする治療法です。医学、生物学、生理学だけでなく、歯科医学、栄養学、地質学、植物学、社会学、政治学、経済学、心理学、行動学、宗教学、とにかくあらゆる学問的知識がとても役に立ちます。

ゲルソン療法を理解することやそれを人に伝えることは、簡単なことではありませんが、ゲルソン・インスティテュートの方々から地道な学びの姿勢を認めていただき、2011年に世界で唯一のゲルソン・アンバサダーというタイトルを授かりました。


(写真:2005年4月にゲルソン・インスティテュートから発行されたゲルソン・ホームセットアップ・トレーナー認定証書。)


2012年が終わる頃、私自身の健康と人生に大きな転換期が訪れました。
全身の激痛に耐えられず病院へ行くと、膠原病科でリウマチ性関節炎と診断されました。小さな関節まで何枚ものX線写真を撮ってわかったのは、初期ではなく進行していてほとんどすべての関節が変形し始めているということでした。主治医の処方は1週間の入院で抗がん剤と同じ成分リウマトレックスを使うことでした。

その2年前、右顔面と右目に帯状疱疹を発症し抗ウィルス剤を連続1週間点滴で投与する入院治療を受けていました。私が両親から授かった健康な体の免疫力は、親元から独立して社会生活を送るなかでいつの間にか地に落ちていたのです。

素晴らしい知識を人に伝えているはずの自分が病気になってしまったことで、自分自身を見失いそうになりました。その一方で、持っている知識は実行に移してこそ本来の力を発揮すると、問われている気がしました。
そして私自身の全人生を見直し、生き方、食べ方、考え方、自分との向き合い方、他人との付き合い方、すべてを点検して、初めて自分自身の回復のためにゲルソン療法を実施する日々が始まりました。

ゲルソン療法

(写真:シャルロッテさんと日本からのワークショップツアー参加者。ゲルソン・インスティテュート主催のワークショップ受講者は回を重ねるたびに増え100名を超えるように。June 2013, San Diego CA USA, photo by Anna Maria Aliano)

一緒に学ぶ仲間との出会い

自分はもう大丈夫だ、実感としてそう思ったのは9ヶ月目でした。私の食欲は夫も驚くほど旺盛になり、食べた分だけエネルギーになることが手に取るようにわかるようになりました。痩せ細っていた体は、それまで経験したことがないような、ふっくらとした大人の女性の体型になりました。

2013年6月、私の体はまだ回復途上でしたが、日本の人たちに本場でゲルソン療法を学んで欲しいと思い、合計9名の日本人グループを組みサンディエゴのゲルソン療法ワークショップに参加するツアーを実施しました。

2014年には、メキシコのゲルソン・クリニックに入院を希望する日本の患者様への通訳コンパニオンとして24時間同行サービスを始めました。
クリニックで患者さんと24時間をともに過ごす経験を重ね、完璧な流れで進むゲルソン療法だからこそ得られる高い効果を目の当たりにしました。

ゲルソン療法

(写真:来日中のハワード・ストラウス・ゲルソンさんと。ハワードさんの身長は約190cm。Oct. 2016, Tokyo, Japan)

仲間や患者さんの健康と人生

この頃から、より多くの人にゲルソン療法を伝えられるように、ゲルソン療法の教育担当人材としてゲルソン・エデュケーターの育成を始めました。

2016年12月、埼玉県在住の和田祐子さんが研修を終え、ゲルソン・エデュケーターとして活動を始めました。ゲルソン療法と相性の良い鍼灸やホメオパシーに精通する仲間ができたことは私たちの大きな財産です。柔道整復師のご主人やお子さんたちとの暮らしの中でもゲルソン療法が生かされています。

2017年、石川県在住の石黒香さんが研修を終え、4月にゲルソン・シェフ、7月にゲルソン・エデュケーターとして活動を始めました。薬学の知識を持ちながら、ゲルソン療法の効果の高さに確信を持つ稀有な存在です。医師のご主人と運営する医院の隣にゲルソン食を提供する宿泊施設を整備され、各部屋に電磁波予防対策を施すなど理想的な治療環境を丸ごとお伝えしています。

8月、沖縄県在住の杉本佳江さんが研修を終え、ゲルソン・エデュケーターとして活動を始めました。ローフードとナチュラルハイジーンに長年親しみ講師としてセミナー運営をされてきた経験から、目に喜びを与える美しいゲルソン食を作りクライアントさんの力になっています。ゲルソン療法に対するご家族の信頼も厚く、家族の健康づくりに知識が生かされています。


2016〜2018年にかけては、今まで私のゲルソン療法セミナーで学んだがん患者さんがその後どのように暮らしているのかを知りたくなり、数名の方々を訪ねて旅をしました。不安もありましたが皆さん私の訪問を快く迎えてくださり、講演会の場を用意してくださる方もいました。

セミナーで学んだ後、病状が思わしくなく亡くなられたかたのご家族にもお会いする機会をいただきました。最期の時をどのように過ごしたのかを聞かせていただき、セミナーで初めて会ったときの思い出話をしました。

ゲルソン療法

(写真:来日中のアニータ・ウィルソン理事長とお揃いのゲルソンTシャツを着たゲルソン・エデュケーターのメンバー。July 2019, Tokyo, Japan)

さまざまな新しい出会いや挑戦

2018年5月、現役高校生640名の皆さんの前で私の社会経験と合わせてゲルソン療法についてお話をする機会を出身高校の同窓会からいただきました。十代のやわらかくて敏感な感性に対してお話しをする初めての経験でした。後日、たくさんの生徒さんたちから感想文が届き、私の宝物になりました。

2019年6月、この20年余りの取材経験をもとに、『Dr.マックス・ゲルソンのゲルソン療法 細胞から回復する高カリウム低ナトリウム療法 セオリー編』という本を出版しました。
シャルロッテ・ゲルソンさんの講演を初めて見たあの日には、自分で本を書くことなど想像もできないことでしたが、科学者や医学研究者が実証してきた情報を優先してまとめました。

2019年7月、ゲルソン・インスティテュートのアニータ・ウィルソン理事長が初来日した東京で約400名の聴講者を前に講演され、光栄にも講演の通訳をさせていただきました。

また、この来日に間に合うよう、アメリカ人映画監督サラ・マブロークが製作したゲルソン療法のドキュメンタリー『ザ・フード・キュア』の日本語字幕を完成させ、東京で約80名、京都で約20名の方々の前で上映できたことはとても嬉しいことでした。

ゲルソン療法

(写真:ゲルソン・インスティテュートにて。左からフレッド、バーバラC.、バーバラG.、アニータ、私、アマンダ、ジェシカ、サリー、ブレンダ、カイラS.。Sep. 2018, San Diego, CA, USA)

アンバサダーとしてのミッション

そして2020年。
日々、ゲルソン療法を必要とする人たちにそれが間違いなく届くようにと願いながら、世界中にいるチーム“ゲルソン”のメンバーたちと切磋琢磨しています。

「ああ、Dr.ゲルソンに一目会ってみたかったなぁ」と、孫のハワード・ストラウス・ゲルソンさんに吐露したことがあります。彼は「これを読んでごらん。彼に会えなくても彼を感じられるから」と、Dr.ゲルソンが書いた数々の医学論文を手渡してくれました。

そして、「僕らは誰かに命令されたわけでなく、ただそうしたいから人々にゲルソン療法を伝え、そして多くの命を助けている。とても大変なことなのに、そうせずにはいられないのがゲルソン療法の不思議なところなんだよ」と話していました。

ゲルソン療法

ゲルソン療法が求められ、愛されるのは、「私たちには“自然に治る力”がある」という大切なことを思い出させてくれるからです。
自然に信頼を寄せることで、とても多くの人たちの健康回復を現在も実現させている、Dr.マックス・ゲルソンのスピリットを私たちの活動を通じて皆様にも感じていただければ幸いです。

最後まで読んでいただきまして、有難うございました。

ゲルソン・アンバサダー 氏家京子

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